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神戸地方裁判所 昭和56年(ワ)377号 判決 1985年8月08日

原告

今村怜子

右訴訟代理人

藤原精吾

野田底吾

被告

ネッスル株式会社

(旧商号・ネッスル日本株式会社)

右代表者

エッチ・ジェイ・シニガー

右訴訟代理人

阪口春男

望月一虎

(復代理)

今川忠

主文

1  被告は原告に対し、次の金員を支払え。

(一)  昭和五六年四月一日から同五七年三月三一日まで毎月末日限り一日金三七五円の割合による金員

(二)  同五七年四月一日から同五八年三月三一日まで毎月末日限り一日金八〇九円の割合による金員

(三)  同五八年四月一日から同五九年三月三一日まで毎月末日限り一日金一一七七円の割合による金員

(四)  同五九年四月一日以降毎月末日限り一日金一五七二円の割合による金員

(五)  右各月の金員に対するその翌月一日から各完済まで年五分の割合による金員

2  原告のその余の請求(第一次)を棄却する。

3  訴訟費用はこれを二分し、その一を被告の、その余を原告の各負担とする。

4  この判決は、1項に限り仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求める裁判

一  請求の趣旨(第一、二次共通)

1  被告は原告に対し、昭和五五年七月一日から毎日金一九九七円及びこれに対する当該日の翌日から各完済まで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行の宣言

二  被告

1  原告の請求(第一次)を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  第一次請求に関する主張<以下、省略>

理由

(第一次請求について)

一請求原因1(原告の雇用等)の事実、同2のうち原告がその主張の日から休業した事実及び同3(業務上の認定等)の事実は、いずれも当事者間に争いがない。

そして<証拠>によれば、原告は昭和四八年ころから頸肩腕障害の症状を呈するようになり、その後その症状がしだいに重篤になつて右の休業に至つたことが認められる。

以上の各事実を総合すると、原告はその業務に起因して頸肩腕障害に罹患したものと認めるのが相当であつて、他にこの認定を覆すに足りる証拠はない。

二請求原因4(協約七四条イ項の規定)の事実は、当事間に争いがない。

<証拠>を総合すると、次の事実を認めることができ、右各証言中この認定に反する部分は信用することができず、他にこの認定を左右するに足りる証拠はない。

1  協約七四条イ項の規定は、従業員が業務上の疾病により休業した場合、休業をしないで就業を継続していたとするなら取得しえた手取りの賃金額を確保させるために、被告が労災保険給付と手取りの平均賃金との差額を補償する趣旨で設けられたものである。

2  被告は従前から、業務上負傷して短期間休業した従業員については、行政官庁(監督署長)が労災保険給付の基礎となる平均賃金を算出するために用いた期間における手取りの平均賃金を算出して、これと労災保険給付との差額を支給していた。

3  また被告は従前から、内部的に経営管理職、管理職及び専門職の地位に在る者のほか、機密を扱う職務に従事する者について、キースタッフという一種の身分(地位)制度を設け、一般従業員と異なる取扱いをしてきた。

すなわち、一般従業員は昇給の時期が毎年四月であり、昇給額は労使間協定により決定され、昼食手当は実出勤日数に日額を乗じた額が支給され、出勤簿にサインを要求され、休職期間中は三日分しか給与は支給されていなかつたのに対し、キースタッフの昇給時期は毎年一月で、昇給額は被告の裁量で決定され、同四九年三月からはキースタッフ手当が支給され、昼食手当は月単位で定額が支給され、出勤簿にサインをすることは不要とされ、休職の全期間中通常の賃金が支払われていた。

なお、キースタッフの昇給は被告の裁量によるものとはいつても、一般的には毎年昇給が行われ、その額も同年令の一般従業員のそれを下ることはなかつた。

副社長秘書は機密を扱う業務従事者とみなされ、キースタッフになりうるが、しかし、一方キースタッフになるためには年令、勤続年数、能力等の要因が重視されるため、副社長秘書はその全員が必ずキースタッフになれるというものでもなく、キースタッフでない副社長秘書も存在した。

原告は入社当初からキースタッフとして処遇され、同四九年三月からキースタッフ手当(月額一万二五〇〇円)の支給も受けていた。

4  協約六条によれば、キースタッフも副社長秘書もともに非組合員とされていた。

原告は、キースタッフであり副社長秘書であつたのに、同五三年二月九日組合に加入した。そこで被告は、同年四月二六日付の書面で原告に対し、原告が組合加入の日からキースタッフの身分を放棄したものと判断してそのように処理する旨を通知したが、原告はこれに対し何ら異議を述べなかつた。

5  被告は、同五二年九月二八日から同五五年六月三〇日まで、監督署長の計算による平均賃金修正額八二五四円(日額)から労災保険給付日額六六〇二円を控除した差額の一六五二円(日額)を原告に支給してきた。

右の平均賃金修正額八二五四円は、原告の同四八年五月ないし七月の平均賃金に、被告の提出した副社長秘書吉岡春江の同四八年五月ないし七月の賃金総額と同五二年一月ないし三月のそれとの上昇率二・三二を乗じた額である。

その後同五五年七月一日から、労災保険給付額がスライドアップされたため、右平均賃金修正額は二一パーセント増額された。

被告はその後右差額金の支給が協約七四条イ項の趣旨と異なるとして、同年一二月九日付書面で原告に対し、差額支払分はなく、同五二年九月二八日から同五五年九月分までの過払金を返還するよう申入れた。

6  監督署長は原告に対し、同五二年九月二八日から別表「労災保険休業補償給付①」欄のとおり給付を支給している。

三前項の認定事実によれば、協約七四条イ項の「手取の平均賃金(行政官庁により計算される)」とは、行政官庁が労災保険給付の基礎となる平均賃金を算出するために用いた期間における手取りの平均賃金と解するのが相当であり、また、右規定の趣旨からすれば、従業員が昇給の時期にまたがつて長期休業する場合には、その後の昇給相当額を追加給付するなどして加算すべきである。

そこで、原告について協約七四条イ項を適用すると、次のようになる。

1(一) 手取りの平均賃金

弁論の全趣旨によれば、原告の手取りの平均賃金(日額)は、被告の主張(3(一))のとおり三〇二九円と認められる。

(二) 追加給付(原告の昇給相当額)

<証拠>によれば、原告の同四八年八月当時の基本給は月額一〇万一〇〇〇円、住宅手当は月額一五〇〇円であつたが、同五一年六月二八日の休業当時の基本給はすでに月額一九万七〇〇〇円であり、住宅手当として月額四〇〇〇円が支給されていたこと、原告と同年令の一般女子従業員の昇給月額は、同五二年が一万五二〇〇円、同五三年が一万一二〇〇円、同五四年が一万一〇〇〇円、同五五年が一万〇三〇〇円、同五六年が一万六一〇〇円、同五七年が一万三二〇〇円、同五八年が一万一七〇〇円、同五九年が一万一五〇〇円であることが認められ、前記二の認定事実に右の事実を総合すれば、原告の昇給相当月額は次のとおり認めることができる。

(1)  同五二年九月二八日から同年一二月末日まで

原告の同五一年六月二八日の休業当時の基本給は一九万七〇〇〇円であり、原告が休業をしなければ同五二年一月に少なくとも同年四月における一般女子従業員の昇給額一万五二〇〇円を下らない昇給をしていたものと認めるのが相当であるから、同五二年一月以降の原告の基本給は二一万二二〇〇円とみるべきである。

したがつて、これに住宅手当四〇〇〇円とキースタッフ手当一万二五〇〇円とを加えた二二万八七〇〇円から、同四八年八月当時の基本給一〇万一〇〇〇円と住宅手当一五〇〇円との合計額一〇万二五〇〇円(以下、便宜この額を「A」という。)を控除した残額一二万六二〇〇円が昇給相当額となる。

(2)  同五三年一月

前同様、原告が休業しなければ同年四月における一般女子従業員の昇給額一万一二〇〇円を下らない昇給をしていたものと認められるから、同年一月以降の原告の基本給は二二万三四〇〇円とすべきである。これに住宅手当四〇〇〇円、キースタッフ手当一万二五〇〇円を加えた二三万九九〇〇円からAを控除した残額一三万七四〇〇円が昇給相当額となる。

(3)  同五三年二月一日から同五四年三月末日まで

前記二の4の事実によれば、原告は組合に加入することによつて、被告の承認のもとにキースタッフの身分を放棄したものと認めるのが相当である。しかしながら、原告の副社長秘書(職種)の地位は、組合に加入したことにより直ちに喪失したとする根拠はないから、原告は組合加入以後一般従業員としての副社長秘書になつたものというべきである。

なお、原告が組合に加入し一般従業員になつたからといつて、その事実だけで当然にその給与が減額されたり、昇給が停止になるものと解すべき根拠はない。

したがつて、右(2)の基本給に住宅手当(キースタッフ手当はなし。)を加えた二二万七四〇〇円からAを控除した残額一二万四九〇〇円が昇給相当額である。

(4)  同五四年四月一日から同五五年三月末日まで

一般従業員と同様に昇給すべきであるから、その基本給は二三万四四〇〇円となり、これに住宅手当四〇〇〇円を加えた二三万八四〇〇円からAを控除した残額一三万五九〇〇円が、昇給相当額となる。

以下同様の手順により計算すると昇給相当額は次のとおりとなる。

(5)  同五五年四月一日から同五六年三月末日まで 一四万六二〇〇円(日額四八〇六円)

(6)  同五六年四月一日から同五七年三月末日まで 一六万二三〇〇円(日額五三三五円)

(7)  同五七年四月一日から同五八年三月末日まで 一七万五五〇〇円(日額五七六九円)

(8)  同五八年四月一日から同五九年三月末日まで 一八万七二〇〇円(日額六一三七円)

(9)  同五九年四月一日以降 一九万八七〇〇円(日額六五三二円)

なお、右日額は各昇給相当月額に一二を乗じたうえ三六五(ただし(8)は三六六)で除したものである。

2 同五五年七月一日以降の労災保険給付が日額七九八九円であることは、当事者間に争いがない。

本件の審理の対象である同五五年七月一日からの差額支給義務についてみると、被告は原告の手取りの平均賃金日額三〇二九円と前項(5)ないし(9)の追加給付日額との合計額から右保険給付日額を控除した残額を支払う義務があるものというべきである。

そうすると、その差額金は次のとおりとなる。

(1)  同五五年七月一日から同五六年三月末日まで 〇円

(2)  同五六年四月一日から同五七年三月末日まで 三七五円

(3)  同五七年四月一日から同五八年三月末日まで 八〇九円

(4)  同五八年四月一日から同五九年三月末日まで 一一七七円

(5)  同五九年四月一日以降 一五七二円

3 右差額支払義務の履行期は、その支払の趣旨からして賃金の履行期と同一と解するのが相当であり、本件では賃金の支払時期についての主張がないので、その履行期は各月の末日とするのが相当である。

そして、被告はすでに履行期の到来した差額金の支払をしていないことが明らかであるから、原告には将来の給付を求める利益があるものというべきである。

4  そうすると、原告の第一次請求は同五六年四月一日から毎月末日かぎり一日につき前記2の(2)ないし(5)の割合による差額金及び各月の金員に対するその翌月一日から完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は失当であるから棄却すべきである。

(第二次請求について)

原告は、同五九年三月二九日の本件口頭弁論期日において陳述した同年一月二〇日付準備書面によつて、従前の第一次請求に加えて、第二次請求として労働契約上の健康配慮義務の不履行による損害賠償請求を追加する旨の訴の変更を申立てた。

第一次請求は労働協約に基づく休業補償差額金の請求であり、第二次請求は労働契約の債務不履行に基づく損害賠償請求であつて訴訟物は異なるが、その主張する経済的利益は同一であるので請求の基礎に変更はないものと解される。しかしながら、第二次請求につき本格的な審理を遂げるためにはさらに相当長期間を要することは、同種の他の事件の審理状況に照らしても否定することはできず、右訴の変更が申立てられた時期がすでに第一次請求の審理の大半が終了していた時期であることをも考えると、右訴の変更は訴訟手続を著しく遅滞させるものといわざるをえない。

したがつて原告の右訴の変更は許さない。

(訴訟費用等)

よつて、訴訟費用の負担につき民訴法九二条、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官中川敏男 裁判官上原健嗣 裁判官栂村明剛)

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